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名古屋地方裁判所 昭和32年(行)1号 判決

原告 山内ナヲコ

被告 名古屋中税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「昭和三〇年一〇月二〇日付で被告が原告の昭和二八年度分不動産所得を金三九八、八〇〇円とした更正処分並びに昭和二九年度分不動産所得を金四一八、七〇〇円とした更正処分中金七七、六五五円を超える部分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、請求の原因

(一)  原告は被告に対し昭和二八年度分事業所得を金二八〇、二〇〇円、昭和二九年度分事業所得を金二九三、八〇〇円と確定申告し、右所得額に対する所得税を完納した。

(二)  然るに被告は昭和三〇年一〇月二〇日付を以て昭和二八年度において原告は金三九八、八〇〇円、昭和二九年度においては金四一八、七〇〇円の不動産所得ありとして右両年度の各所得の更正をした。

(三)  ところが原告には昭和二九年度において金七七、六五五円の不動産所得があるのみであるからその部分を超える昭和二九年度分の不動産所得及び昭和二八年度分の不動産所得の認定に不服があり、右更正処分につき被告に対し再調査の請求をしたところ被告は昭和三一年一月一四日右再調査請求を棄却した。

そこで原告は同月二二日訴外名古屋国税局長に対して審査請求をなしたところ同年一〇月一〇日付をもつて右審査請求は棄却された。よつて被告のなした前記更正処分の取消を求めるため本訴に及ぶ。

二、被告の答弁

(一)  請求原因第一、第二項の事実は認める。

(二)  同第三項中原告の不動産所得は昭和二九年度において金七七、六五五円のみであつたとの主張事実を除きその余の事実は認める。

三、被告の主張

(一)  原告は肩書地において一、〇二〇坪七合二勺の宅地を所有しているところ、昭和二五年八月右土地上に建坪九六坪の小売市場用建物を建築し、同年九月中旬頃から東陽市場の名の下に貸店舗の経営を始め、自らも右市場内に一店舗を構えて洋品雑貨の小売を営んでいるものである。而して原告の右市場経営は所得税法第九条第三号の所得(不動産所得)を生ずる行為である。然るに原告は洋品雑貨の小売から生ずる事業所得についてのみ所得税の申告をなしたに止り右不動産所得については何らの申告もしなかつた。そこで被告は昭和三〇年九月頃調査した結果、原告に不動産所得の存することを認めたので原告主張の如き更正処分をなしたのである。

(二)  原告は不動産所得を生すべき原因たる不動産の貸付けの事実は自ら認めるところであるが、右不動産収入から必要経費を控除したとき昭和二八年度においては金五、一一〇円の損失を生じ、昭和二九年度においては金七七、六五五円の所得を生じたにすぎない旨主張するが、被告の調査の結果によれば昭和二八年度において金四八三、四四五円、昭和二九年度において金六〇四、四〇四円の各不動産所得が存することが明らかとなつた。

(三)  即ち昭和二八年度において原告が前記貸店舗から挙げた賃貸料収入は次のとおりの金六五八、八〇〇円である。

賃借人   業種   賃貸料(一ケ月)

(1)  吉野よし恵 菓子    三、〇〇〇(円)

(2)  大橋忠雄  茶     二、四〇〇

(3)  吉田広夫  つくだ煮  四、二〇〇

(4)  杉本利一  てんぷら  二、一〇〇

(5)  橋本三郎  うどん   二、八五〇

(6)  藤田善吉  食肉    三、六〇〇

(7)  加藤増次郎 かしわ   二、一〇〇

(8)  平木佐治之 みそたまり 二、一〇〇

(9)  磯部弥一  花     二、一〇〇

(10) 大橋良一  鮮魚    二、四〇〇

(11) 吉田辰夫  八百屋   三、四五〇

(12) 河原たづゑ 菓子    三、〇〇〇

(13) 松原貞次  かまぼこ  三、〇〇〇

(14) 岡田千代松 削鰹魚   二、一〇〇

(15) 富田静夫  青物    四、五〇〇

(16) 足立弘一  鮮魚    二、四〇〇

(17) 朝倉寿太郎 豆腐    二、一〇〇

(18) 村田弘   乾物    四、五〇〇

(19) 市川米次郎 化粧品   三、〇〇〇

計             五四、九〇〇(一ケ年六五八、八〇〇円)

昭和二九年度においては次のとおりである。即ち(2)から(19)までの賃貸料一ケ年分金六二二、八〇〇円は前年度と変りなく、(1)の店舗については昭和二九年一月から三月までは吉野よし恵が賃借して一ケ月につき金三、〇〇〇円、同年四月から一〇月までは熊谷はる子が賃借して一ケ月につき金三、五〇〇円、同年一一月から一二月までは同人が賃借して一ケ月金七、〇〇〇円の賃料を支払つているので原告は(1)の店舗から計金四七、五〇〇円の収入を挙げ、なお、右年度において権利金一〇万円の収入があつたのでその合計金七七〇、三〇〇円の不動産賃貸収入があつた。

(四)  これに対して前項の収入を挙げるのに要した必要経費は次のとおり昭和二八年度においては金一七五、三五五円、同二九年度においては金一六五、八九六円である。

科目

昭和二八年度

昭和二九年度

被告主張

備考(原告主張)

被告主張

備考(原告主張)

給料

―(否認)

三〇〇、〇〇〇

―(否認)

一五〇、〇〇〇

修繕費

三一、二〇〇

三一、二〇〇

三一、二〇〇

一八六、二四〇

保険料

八、〇〇〇

八、〇〇〇

広告宣伝費

三一、三〇〇

三一、三〇〇

一八、九一三

二八、三七〇

公租公課

二〇、六三九

四〇、〇五〇

二二、三〇三

四三、三七五

交際接待費

三一、一二〇

三一、一二〇

三三、九〇七

五〇、八六〇

通信費

七、二四〇

七、二四〇

五、八六七

八、八〇〇

交通旅費

一二、〇〇〇

一七、四〇〇

八、〇〇〇

三三、〇〇〇

事務用品費

五、一〇〇

五、一〇〇

四、〇〇〇

六、〇〇〇

福利厚生費

七、八〇〇

七、八〇〇

六、五〇〇

六、五〇〇

減価償却費

一六、九五六

三〇、六〇〇

一九、二〇六

三〇、六〇〇

雑費

一二、〇〇〇

三八、三〇〇

八、〇〇〇

二五、八〇〇

合計

一七五、三五五

五三〇、一一〇

一六五、八九六

五七七、五四五

然るに原告は右表備考欄記載のとおり昭和二八年度においては金五三〇、一一〇円、昭和二九年度においては金五七七、五四五円の必要経費を支出した旨主張するのである。

(五)  そこで原告が必要経費として主張するもののうち被告において認められないものの理由は次のとおりである。

(イ) 給料の否認について。原告は訴外杉本愛蔵に対し東陽市場管理のため昭和二八年及び同二九年六月迄毎月金二五、〇〇〇円宛の給料を支払つていたから本件不動産所得の必要経費に算入さるべき旨主張するが右主張は失当である。即ち原告は右訴外人に対し給料を支払つた事実はない。原告と右訴外人とは昭和一二年以来内縁の夫婦関係にあり且つ同居していて三人の子があり、東陽市場の設置及び経営についても右両名は共同してなしてきているのであるから両名間に雇傭契約の存する筈がなく、従つて給料支払の事実はない。又右市場管理は給料の支払を必要とする程度の仕事ではない。即ち右東陽市場には原告自ら店舗を設けて洋品の販売をなし、雇人二名を置いているのであり、原告の住居も右市場と隣接しているので常に身近に市場内の様子を知ることができる状態にあつたのであるから、特別に日常の市場管理について管理人を置かなければならない程の事務量があるものとは認められない。むしろ内縁の夫としての当然の協力である。仮りに原告から右訴外人に対して給料を支払つたとしても所得税法第一一条の二第一項(改正前)の類推適用により原告の市場経営上の必要経費と認めることはできない。即ち右規定は本来その所得が事業所得である場合及び法律上の夫婦関係にある場合に関するものであるが、しかし本件の如く所得が不動産所得に関するもので且つ内縁の夫婦関係にある場合にも類推適用さるべきものと解しないと、不動産の所有者が内縁関係にある配偶者を管理人として給料を支払つた場合にこれを不動産所得の必要経費と認められるならば当該給料の額の定め方如何により納税者において自由に課税標準を調節できることとなり、たとえ右管理人の給料につき源泉所得税が課せられるとしても一つの収入源から発生した所得が不当に散逸されて納税主体を別にして課税されることとなり、所得税法の特色ともいうべき累進課税の効果が全く失われる結果となるからである。

(ロ) 公租公課について。原告の所有する土地一、〇二〇坪七合二勺に対する昭和二八年度の固定資産税は金六一、二七〇円、昭和二九年度のそれは金七〇、六八〇円であり、市場用建物の固定資産税は昭和二八年度において建坪九〇坪に対して金一二、〇九〇円、昭和二九年度において建坪九六坪に対して金一一、七九〇円であるが、およそ敷地の利用は市場に限らず広ければ広いなりに、又狭ければ狭いなりにやりくりして行われるものである。これを本件についてみれば、右敷地一、〇二〇坪七合二勺の地上には係争事業年度以前において既に本件市場用建物のほか、原告の長男山内弘が経営居住する店舗(薬局)兼住宅並びに原告所有の住宅が建築されており、又昭和二九年六月頃には訴外杉本愛蔵名義の新市場(原告所有の東陽市場に相接している)が、同年一二月頃には右訴外人名義の住宅並びに訴外山内弘名義のアパートが建築されこれら建物の総建坪数は約二〇〇坪余となつている。そこで被告は名古屋市の経営する公設市場八ケ所を調査した結果敷地面積に対する市場建坪の平均割合を検討したところ敷地は建坪の一、五八一三倍を要していることが判明したので、原告の市場についても右割合で土地が利用されているものと認め、原告の市場経営のため必要とすべき公租公課(固定資産税)を次のとおり算定したのである。

(昭和二八年度)

90坪(市場建物坪数)×1.5813=142.317坪

61270円÷1020.72=60.07円(原告所有土地の坪当り固定資産税額)

60.07円×142.317=8548.98円……8549円(四捨五入)

(昭和二九年度)

96坪(市場建物坪数)×1.5813=151.8048……151.805坪(四捨五入)

70680円÷1020.72=69.245円……69.25円(四捨五入)(原告所有土地の坪当り固定資産税額)

69.25円×151.805=10512.49625円……10513円(四捨五入)

そこで昭和二八年度については右土地の固定資産税金八、五四九円に市場建物の固定資産税金一二、〇九〇円を加えた合計金二〇六三九円、昭和二九年度については右土地の固定資産税金一〇、五一三円に市場建物の固定資産税金一一、七九〇円を加えた合計金二二、三〇三円が市場経営のために必要とされる経費としての公租公課額である。

(ハ) 減価償却費について。昭和二八、二九年度とも定額法により算出した減価償却費は次のとおりである。

種別

市場用建物

電気工事

コンクリート床(昭和二九年六月施行)

償却額計

取得価額の算定

坪当り五、七五〇円九六坪

一灯当り五、五五〇円二〇灯

原告所持の領収証による。

取得価額

五五二、〇〇〇円

一一、〇〇〇円

七五、〇〇〇円

残存価額

五五、二〇〇円

一、一〇〇円

七、五〇〇円

償却基礎額

四九六、八〇〇円

九、九〇〇円

六七、五〇〇円

耐用年数

三〇年

二五年

一五年

使用年数

一年

一年

〇、五年

償却額

一六、五六〇円

三九六円

昭和二八年〇円

昭和二九年二、二五〇円

昭和二八年一六、九五六円

昭和二九年一九、二〇六円

(ニ) 昭和二九年度における広告宣伝費、交際接待費、通信費、事務用品費、交通旅費及び雑費について。昭和二九年六月本件東陽市場の北に相接して訴外杉本愛蔵が建坪一〇〇坪八合七勺の新市場を増築し同年七月から開業したのであるが、その後も依然として新旧市場を併せて東陽市場の呼称の下に一体をなして市場経営がなされてきている。従つて昭和二九年七月以降における広告宣伝費、交際接待費、通信費、事務用品費、交通旅費及び雑費は原告及び訴外杉本愛蔵の各市場経営上共通に発生するものであるから折半さるべきものである。よつて右各費目の原告主張額を期間接分の方法により全額の一八分の一二を原告の東陽市場の必要経費と認めたのである。

(六)  原告は本件不動産所得の計算についての明確な帳簿書類の備付けがなく断片的資料のみであり、その断片的資料(領収証等)についても被告の調査開始後原告が取引先に依頼して作成せしめたものであることが判明したのでその内容の真実性が認められず、又被告の調査の際損益計算書に計上されている経費も記憶で書いた旨の原告の申立があつたような次第である。そこで被告はやむなく昭和二八年度分については原告の主張する必要経費中通常市場経営について要するであろうと思われる経費の種類とその支出額を一応容認することゝし、(原告の主張額通り容認しなかつた交通旅費及び雑貨については地理的規模的にみて略同じ条件の下にある東新市場の場合から推計したものである。)昭和二九年度分については前年分を基礎として原告提出の計算書を検討した結果適正な調査額を計算したものである。又原告の主張する昭和二九年度における諸経費の増加については原告の収入金額からのみ控除さるべきものではない。即ち昭和二九年度における市場拡張に併う広告宣伝費、交際接待費、通信費、交通旅費、事務用品費及び雑費等の増加は前記の如く訴外杉本愛蔵の新市場が増築せられたことによるからである。

四、被告の主張に対する原告の陳述

(一)  原告が経営する市場から挙がる賃貸料収入は、昭和二八年度においては金六一一、六〇〇円、昭和二九年度においては金六六一、九〇〇円である。右収入額が被告の主張と異るのは、前記(1)乃至(19)の店舗の賃貸料(月額)は被告主張のとおりであるが空店舗又は賃貸料減額のためである。即ち昭和二八年中(1)の吉野よし恵の店舗は通算して六ケ月空店舗であつたから右店舗から得た賃貸料収入は金一八、〇〇〇円、(13)の松原貞次のそれは昭和二八年九月一九日まで空店舗であつたから同月二〇日以降の分として金一五、二〇〇円、(17)の朝倉寿太郎のそれは店舗の賃貸ではなく三分の二店舗の賃貸であつて爾余の三分の一は無料であつたから金一六、八〇〇円であり、同二九年度中(17)の朝倉寿太郎のそれは前年度同様金一六、八〇〇円であり、右の昭和二八年度における(1)(13)(17)以外の各店舗及び昭和二九年度における(17)以外の各店舗から得た賃貸料収入は被告主張のとおりである。権利金一〇万円収入の点は否認する。

(二)  原告が右市場経営に当つて支出した必要経費は被告主張(四)項の表中備考欄記載のとおりである。

(三)  被告が認定した昭和二八年度中の必要経費のうちで原告主張額と異るものについての原告の主張は次のとおりである。

(イ) 公租公課について。およそ市場を経営するためには市場としての建物の敷地のほか自転車置場、便所等の附属施設の敷地のみならず空地をも必要とするのであるから、之等の敷地及び空地に対する公租公課をも市場経営から挙がる収益に対する必要経費に計上されねばならない。即ち原告の経営する本件市場を利用するに必要な市場前空地として一五坪三合、市場を利用する市場裏の東陽町通りより北に入つた横通り方面の客のために設けていた通路として五一坪六合、オート三輪、荷物置場として三個所合計一二四坪五勺、自転車置場及び便所敷地として九坪五合、市場祭神敷地として六坪二合五勺、市場建物の敷地として九六坪の合計三〇二坪七合が原告所有の前記土地のうち本件市場経営のために必要な土地である。従つて右土地一、〇二〇坪五合四勺に対する昭和二八年度の固定資産税金六二、〇八二円中金一八、四一三円が右市場経営のために要する土地に対する固定資産税となり、これに市場建物に対する固定資産税金一二、五八〇円を加えた合計金三〇、九九三円が必要経費としての公租公課となる。

(ロ) 交通旅費について。市場経営のためモデル市場の見学、大阪市場の見学、経営者同志の懇談会、市場出店希望者の身元調査、卸市場幹部に出店者を紹介するため又は出店者幹部の慰労のため、出店者家族の慶弔のため費す交通費として原告が計上した金一七、四〇〇円はむしろ少なすぎるものである。

(ハ) 減価償却費について。原告が昭和二八年度の減価償却費として金三〇、六〇〇円を計上したのは昭和二五年九月本件市場建物及び附属建物設備一切を金一〇〇万円で建築したのでその償却費として金一〇〇万円から金一〇万円を控除した金九〇万円の一、〇〇〇分の三四を乗じた金三〇、六〇〇円を計上したのである。

(ニ) 雑費について。小使の身元調査費、銭別費、中元歳暮の慰労費、市場祭神である稲荷神の大祭費、供物及び神酒料、御馳走代等及ば市場東側通路の砂利代、人夫に対する心付け、弁当代、塵芥、便所の汲み取り等の清掃人夫への心付け、税理士、弁護士等の謝礼金等であつて金二八三〇〇円の計上は決して不当ではない。

(四)  被告が認定した昭和二九年度中の必要経費のうちで原告主張額と異るものについての原告の主張は次のとおりである。

(イ) 修繕費について、昭和二九年度において修繕費が多額に上つたのは新市場拡張のため徹夜作業でコンクリート通路の改修をなしたためである。

(ロ) 広告宣伝費について。市場拡張記念大売り出しのために増加したのである。

(ハ) 公租公課について。昭和二九年六月までの原告所有土地中本件市場経営のために要する土地は昭和二八年度と同じであり、それ以降においては市場建物並びに裏の敷地として二六六坪、右市場に隣接して増設した店舗の敷地一三坪八合八勺及び自転車、オート三輪、荷物置場として右市場の東北入口の土地一〇五坪の合計三八四坪八合八勺が本件市場経営のために必要な土地である。従つて昭和二九年度における原告所有土地に対する固定資産税金七〇、六八〇円中金二三、八一〇円及び右市場建物の固定資産税金一二、五八〇円を加えた金三六、三九〇円の経費計上は当然である。

(ニ) 交際接待費について。昭和二八年度より増加しているのは市場増築完成記念の大売り出しを行つたため増加したものであつて不当な計上ではない。

(ホ) 通信費について。これ又増築により増加するのは当然である。前年度において原告主張額を容認しながら昭和二九年度において却つて減額するのは不当である。

(ヘ) 交通旅費について。増築のため市内各市場及び大阪における市場見学のための旅費、市場拡張完成記念大売り出し披露につき市場関係者招待のための旅費等を最少限度に見積つたものである。

(ト) 減価償却費について。昭和二九年度においても前年度と同様である。

(チ) 雑費について。昭和二九年度においては既述の如く市場増築のため雑費も増加しているのに被告は前年度においては金一二、〇〇〇円を容認しながら当年度においては金八、〇〇〇円しか認めないのは甚だ不当である。

なお原告は昭和二九年度における固定資産の減価償却中コンクリート床の施行日時、取得価額及び償却額についての被告主張事実を第一六回準備手続期日において認めたが、後第五回口頭弁論期日において右自白は錯誤に基くものとして撤回し、被告は之に異議を述べた。

第三、立証〈省略〉

理由

原告が被告に対して昭和二八年度の事業所得を金二八〇、二〇〇円、昭和二九年度の事業所得を金二九三、八〇〇円と確定申告し之が所得税を納入したところ、被告は昭和三〇年一〇月二〇日付を以て原告の所得には右申告以外に昭和二八年度において金三九八、八〇〇円、昭和二九年度において金四一八、七〇〇円の各不動産所得ありとして各年度の所得の更正をしたこと、原告は右更正処分につき被告に対し再調査請求をしたところ被告は昭和三一年一月一四日右請求を棄却したので原告は同月二三日訴外名古屋国税局長に対し審査請求をしたが、同局長は同年一〇月一〇日付をもつて右請求を棄却したこと、原告は昭和二五年九月頃から肩書地に存する自己所有の土地上に建坪九〇坪(後九六坪となる)の小売市場用建物(以下本件市場建物又は旧市場建物と略称)を建築所有して東陽市場の名称の下に貸店舖の経営をしていること及び右市場経営から生ずべき所得につき所得税の申告をなさなかつたことは当事者間に争がない。

そこで昭和二八年度、同二九年度において原告が右市場内店舖の賃貸により所得が生じたか否か、延いては被告の右更正処分が正当であるか否かについて判断する。

先ず、原告の本件市場経営上挙げた収入について考えてみる。右市場内において原告が賃貸している店舖の数が被告主張のとおり一九店舖であり右各店舖の賃貸料が被告主張のとおりの額であること、昭和二八年度中においては一九店舖のうち(1)(13)(17)を除くその余の店舖から生ずる賃貸料収入、昭和二九年度中においては(17)を除くその余の店舖から生ずる賃貸料収入が何れも被告主張のとおりであることは当事者間に争がない。昭和二八年度における前記(1)(13)の各店舖、同年度及び昭和二九年度における(17)の店舖から得た収入については、証人杉本愛蔵の証言(一回)によれば、(1)の店舖は昭和二八年度中において通算四ケ月間空店舖となつており(13)の店舖は同年度において五ケ月間空店舖となつており、(17)の店舖は昭和二八年、二九年度を通じその三分の一は通路となつていたため、一店舖の所定賃貸料金二、一〇〇円の三分の二の額(金一、四〇〇円)に減額して賃貸していたことを認めることができる。従つて昭和二八年度一ケ年における(1)の店舖の収入賃料額は金二四、〇〇〇円、(13)の店舖の収入賃料額は金二一、〇〇〇円、昭和二八、二九年度における(17)の店舖の収入賃料額は各金一六、八〇〇円となる。よつて昭和二八年度における本件市場内店舖から得た総収入金額は右(1)、(13)、(17)の店舖の収入賃料額と当事者間に争のないその余の店舖の賃料額合計金五六一、六〇〇円とを合算した金六二三、四〇〇円となり、昭和二九年度における総収入金額は(17)の店舖の賃料額金一六、八〇〇円と当事者間に争のないその余の店舖の賃料合計金六四五、一〇〇円と権利金一〇万円(真正に成立したと認むべき乙第九号証の記載によれば、原告は昭和二九年度において本件市場内店舖の賃貸に伴い権利金一〇万円の収入のあつたことが認められる。右認定に反する証人杉本愛蔵の供述部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない)とを合算した金七六一、九〇〇円となることが明らかである。

次に右総収入金額から控除すべき必要経費について考察する。原告が必要経費に計上したもののうち昭和二八年度における修繕費金三一、二〇〇円、広告宣伝費金三一、三〇〇円、交際接待費金三一、一二〇円、通信費金七、二四〇円、事務用品費金五、一〇〇円、福利厚生費金七、八〇〇円、昭和二九年度における保険料金八、〇〇〇円、福利厚生費金六、五〇〇円については当事者間に争がない。そこで原告が必要経費に計上したもので被告において否認又は減額したものの当否について考えてみる。

(一)  給料の否認について。

原告は本件市場の管理人である訴外杉本愛蔵に対し一ケ月金二五、〇〇〇円の割合で昭和二八年一月以降同二九年六月迄の間即ち昭和二八年度中金三〇万円、昭和二九年度中金一五万円を支払つた旨主張し、証人杉本愛蔵の供述(一回)には右事実に副う部分があるが、右供述は真正に成立したと認むべき乙第一号証、第一三号証の記載並びに証人田中清の供述(一回)によつて認められるように原告と訴外杉本とは昭和一三年以来内縁の夫婦関係にあつてその間に三人の子を儲け同一家屋に居住し生活を共にし、共同して市場経営に当つている事実、原告は営業帳簿、家計簿等の帳簿を一切備付けておらず、訴外杉本に対する給料支払についてこれを記載した何らの書類の存在しない事実、原告自身も本件市場内に一店舖を出店し従業員一、二名を使用して洋品雑貨商を営んでおり、本件市場の規模、不動産収入の業積(主として市場の管理、賃料の徴収)から見て常時特別に原告主張の如き給料を支払うべき使用人をおく程度の事務量を有するものとは認められない事実に照してたやすく措信し難い。他に右給料支払の事実を認むべき証拠はない。原告は甲第五号証の一乃至三(源泉税利子税額並びに加算税額の領収証及び源泉徴収所得決定通知書)を以て原告が右訴外人に給料を支払つた証拠であるというが、右甲号各証は原告が何人かに給料を支払つた事実を証明するものではあつても右の如く原告が自己の店舖に従業員を雇用していた事実に徴すると、それが直ちに訴外杉本に対して支払われたものであるとは認められない。然らば被告が右給料の経費計上を否認したのは違法ではない。

(二)  公租公課について。

成立に争のない乙第二号証の記載によれば、本件市場の所在地である名古屋市中区東陽町三丁目六番の土地は一、〇二〇坪七合二勺であり、これに対する固定資産税額は昭和二八年度においては金六一、二七〇円であり、昭和二九年度においては金七〇、六八〇円であること、本件市場建物の固定資産税額は昭和二八年度においては金一二、〇九〇円であり、昭和二九年度においては金一一、七九〇円であることが認められる。市場建物に対する固定資産税が市場経営上の必要経費とされることは当然であるが、市場敷地の如何なる範囲が市場経営のために必要とされる土地であり、従つて敷地の固定資産税中幾何が必要経費に計上されうるかは問題である。原告は昭和二八年度中及び昭和二九年六月までの間は市場建物九六坪の敷地を含めて三〇二坪七合の土地が本件市場経営上使用されており、昭和二九年七月以降新市場が増築されてからは本件市場及び新市場の各建物の敷地一九六坪八合七勺を含めて三八四坪八合八勺を使用していたのであり、これだけの土地が本件市場経営上必要とする旨主張するところ、成立に争のない乙第五号証、第八号証の各記載並びに検証の結果によれば、本件市場とその北側に接続して増築せられた訴外杉本愛蔵所有の新市場の合計一九六坪八合七勺の市場建物に対し自動車自転車置場、物置、便所、守衛室その他市場のために現に用いられている建物敷地以外の土地は約九〇坪前後であることが認められる。而して新市場の増築される以前の本件市場のみの当時において如何程の土地が使用されていたかは知る由もないが(証人杉本愛蔵の証言中には市場建物の敷地を含めて約二九二坪位を使用していた旨の供述があるがたやすく措信し難い)、前記検証の結果によれば現在の新旧両市場の下においても建物の敷地を除いて九〇坪位あれば決して不足するものでないと判断されるのである。勿論空地は広ければ広いに越したことはないし、それ相応の利用価値はあるであろう。しかしながらかかる土地に対する公租公課を市場経営のための必要経費として計上することを許されるのは市場経営のために通常必要とする範囲の土地に限られるものといわねばならない。ところで証人杉本愛蔵の供述(一回)によると、本件市場はもともと原告が所有していた前記土地上に建築された事実が認められ、右事実に徴すると、原告は建物を建築して市場を経営するためにわざわざ土地を買い入れた訳ではなく、もともと広大な土地を所有していたからこそ贅沢な程に空地が利用できたにすぎないというべきである。従つて市場経営上特に必要があつて空地を設けるべく土地を買い入れたような特段の事情のある場合であれば兎も角、通常の場合には近隣の同種の市場においてその経営上使用に供されている土地の面積を超えて市場経営のために必要欠くべからざる土地とすることはできないと解すべきであろう。而して成立に争のない乙第三号証の一、二の各記載によれば、名古屋市の経営する公設市場八ケ所における土地利用面積に対する市場建物の建坪の平均割合は建坪の一、五八一三倍であることが認められるから、原告の本件市場についてもかかる割合の土地が市場経営上必要とされるものと解するのが相当である。現に本件市場(旧市場)及び之に増築された形で経営されている訴外杉本愛蔵所有の新市場とを合せた建坪数と之が敷地並びに空地等の利用面積とは前記のとおりであつて右の一、五八一三倍を超えるものではないのである。然らば本件市場経営のために必要とされる土地並びに建物に対する固定資産税額従つて必要経費としての公租公課額は被告主張のとおりを相当と認むべきである。

(三)  減価償却費について。

所得税法第一〇条、同法施行規則第一〇条によれば本件市場建物並びに右建物内における電気設備は本件市場経営のための固定資産であるからその減価償却費は必要経費として本件不動産所得の計算上収益から差し引かるべきことは明らかである。ところで本件市場建物の取得価額が幾何であつたかというに、真正に成立したと認むべき乙第四号証の一の記載によれば、本件市場建物の請負人が原告から受領した請負代金(但し電気工事のみは除く)は金五四万円以下であつたことが認められる。右認定に反する証人杉本愛蔵の供述(一回)は右証拠に照すとき具体性を欠き措信しえず、他に右認定に反する証拠はない。然らば本件市場建物の取得価額を金五五二、〇〇〇円とした被告の認定は違法でない。又原告は本件更正処分に対する再調査並びに審査当時右市場内の電気設備の工事に要した費用につき之を認定すべき何らの具体的資料をも提出しなかつたので被告はその工事費を推計したものであるが、真正に成立したと認むべき乙第四号証の二の記載によれば、市場用建物内の電気設備の工事費用は通常一灯当り金五〇〇円乃至六〇〇円であることが認められ、本件市場内の店舖が二〇店舖であることは当事者間に争がないところであるので、これに基いて原告の本件市場建物内の電気設備の工事費用即ち取得価額を推計することは合理的である。而して特別の事情の認められない本件においては一灯当りの設備費用は金五〇〇円と金六〇〇円との中間値である金五五〇円を相当と認むべく、従つて本件市場全部の電気設備の取得価額は金一一、〇〇〇円と認むべきものである。次に被告は、原告が昭和二九年六月本件市場の土間に施行したコンクリート床の費用は当該年度の必要経費に繰入れるべき修繕費でなく所謂資本的支出であるとして、その費用金七五、〇〇〇円を取得価額と認めて右コンクリート床につき固定資産の減価償却をなすべく、右減価償却費が当該年度における必要経費とさるべき旨主張するけれども、後記認定の如く右コンクリート床の施行費用は修繕費と認めるのほかないから之が減価償却はなさるべきものではない。

ところで原告は昭和二八、九年度の何れについても固定資産の減価償却の方法について予め所轄税務署長宛届出をなしたことが認められないから所得税法第一〇条の三第一項同法施行規則第一二条の一一(現行法第一二条の一二)、第一二条の一三(現行法第一二条の一四)の規定により定額法によつて償却額が算出されることとなる。而して成立に争のない乙第五号証の記載並びに検証の結果によれば、本件市場建物は木造建築物であるから、所得税法施行規則第一二条の一一(現行法第一二条の一二)、固定資産の耐用年数に関する省令(昭和二六年五月三一日大蔵省令第五〇号)により右建物の耐用年数は三〇年、右電気設備の耐用年数は二五年であり、これを定額法によつて算出すると市場建物については金一六、五六〇円、電気設備については金三九六円、合計金一六、九五六円が各年度における減価償却費となる。

(四)  昭和二九年度における修繕費について。

原告は昭和二九年度においては新市場拡張のためコンクリート通路の改修等をなしたので前年度に比して多くの修繕費を要し総額金一八六、四二〇円を支出した旨主張する。その内訳は証人田中清の証言(二回)により原告が本件につき所轄税務署に提出したと認められる必要経費申立書(乙第一二号証)によれば(一)塵芥箱修繕費金五、九〇〇円、(二)便所壁修繕費金六、二〇〇円、(三)東入口板塀修繕費金一三、〇〇〇円、(四)土間コンクリート破損突貫工事費金七五、〇〇〇円、(五)花屋、味噌溜屋修繕費金八、六〇〇円、(六)台風による被害復旧費金五、五〇〇円、(七)給排水管修繕費金三二、〇〇〇円、(八)パラペツト裏雨漏修繕費金二三、八六〇円、(九)同金六、六八〇円、(一〇)配線修理費金九、五〇〇円であることが明らかである。これを順次検討するに、(一)の修繕費については右田中証人の供述(一、二回)並びに前記乙第四号証の一、二の記載によれば、その工事施行者である訴外誠興建築株式会社が原告に対するサービスとして無料で修理工事をしたものであつて、原告は何等金員を支出していないことが認められ、これに反する証人杉本愛蔵の証言(二回)は措信し難い。尤も、乙第六号証の一として右訴外会社名義のその旨の受領書が存在するが、これは右乙第四号証の一、二の記載によれば、右訴外会社が原告の依頼により虚偽の書面を作成したものであることが認められるから、これをもつて前記修理費が現実に支払われたことを証するに足りない。(二)(三)の修繕費は前記乙第四号証の一、二の記載並びに右田中証人の供述によれば、何れも新市場建設のために支出された費用でその建築費に含まれていることが認められ、これに反する右杉本証人の供述(二回)は措信し難い。(四)の工事費については、被告は右費用は所謂資本的支出であるから必要経費としては減価償却費に計上さるべきものであつて、修繕費に計上さるべきものでないと主張し、原告は右費用は必要経費としての修繕費に計上さるべきものであると主張するので考えてみるに、前記乙第四号証の一、二の記載並びに証人杉本愛蔵、同田中清の供述(各一、二回)を綜合すると、昭和二九年六月頃原告所有の本件市場建物内の土間のコンクリート床は相当いたんでいたこと、訴外杉本愛蔵が新市場を開設するに際して右新市場は原告所有の旧市場と一棟をなし内部は共通し、一体となるように建築されたところ、右新市場建物と旧市場建物とのコンクリート床の溝の勾配に差があつたので旧市場の土間を新市場の土間と同一の高さにするために旧市場の土間のコンクリート床を全面的に築造し直したこと、右工事の費用として原告は工事施行者誠興建築株式会社に対し金七五、〇〇〇円を支払つたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によれば、右支出は旧市場のコンクリート床を改築するためになされたものであり、その改築は旧市場の床の毀損に対する修理と旧市場の床を新市場と同一の高さにするためになされたものであるが、家屋の床は家屋の一部分であつて、家屋の附属設備又は家屋と別個の構築物と認むべきものではないから、家屋の床を家屋と別個のものとしてその耐用年数を算定すべきものではない。従つて右コンクリート床改築費用は家屋そのものについて支出されたものというべく、その改築の目的が右の如く二つの目的をもつていても毀損に対する修理の必要を含む以上所得税法第一〇条第二項の修繕費に該当するものというべきである。ところで所得税法施行規則第一一条に修繕費と雖も(一)当該支出金額のうちその支出により当該固定資産の取得の時においてこれについて通常の管理又は修理をなす場合に予測される当該固定資産の使用可能期間を延長せしめる部分に対応する金額、(二)当該支出金額のうちその支出により当該固定資産の取得の時においてこれについて通常の管理又は修理をなす場合に予測されるその支出をなしたときにおける当該固定資産の価額を増加せしめる部分に対応する金額は必要経費に算入しない旨規定している。しかしながら、右コンクリート床改築費用はコンクリート床の改築があつたからといつてその性質上固定資産(建物)そのものの予測される使用可能期間を格別に延長せしめるものと認められないから右第一号に該当せず、又右のようにコンクリート床の毀損部分の取替をなすが如きは家屋の通常の修理に属し、家屋取得の時において予測される修繕時の当該建物の価額を格別に増加せしめるものではないから、右第二号にも該当しないものというべきである。従つて(四)の費用は原告主張の如くその全額を修繕費として必要経費と認めるべきものである。次に(五)の修繕費は右杉本証人の供述(二回)によれば、右支出金は新市場開設の際旧市場内の出店者を新市場等に移動させたためにその出店者に支払つた休業補償金であることが認められるから、これを原告経営の旧市場の必要修繕費とみることはできない。乙第六号証の五には店舖修繕代金なる記載があるが、右記載は前記乙第四号証の一、二の記載に徴した易く措信し難い。(六)の修繕費は右田中証人の供述(二回)により本件市場建物の必要修繕費と認められる。(七)の費用は真正に成立したと認める乙第一五号証の記載、右田中証人の供述によれば新市場を増築したために旧市場の水道管を太いものと取り換えた費用と下水管を設けた費用であつて、旧市場の必要修繕費としてはその半額を負担支出することを相当とすることが認められる。(八)の修理費については右田中証人の供述並びにその成立を認める乙第一七号証の記載によれば、右修繕費は本件市場の修繕代金の外に原告等居住の家屋の雨漏れ修理費及び原告の長男の経営する薬局の家屋のパラペツトトタン張り修繕代金をも含むものであるところ、その三者の区分が明確でないから、三者平等と推定するの外なく、従つて旧市場の経費としてはその三分の一(金七、九五三円)を負担支出するが相当と認められる。(九)の修繕費は前記乙第一七号証の記載によれば、旧市場の屋根上の天窓修理でパラペツト波板トタンを張り替えたものであることが認められる(これに反する田中証人の供述は措信し難い)から全額旧市場の修繕費と認めるべきである。(一〇)の修理費について、その成立を認める乙第一九号証の記載、右田中証人の供述によれば右費用は旧市場の配電盤を付け換えて新市場に持つて行き、配線を新市場と接続するに要した配線の不足分その他これに要した工事代金であり、右工事代金は杉本愛蔵より支払われたことが認められるから新市場建築に要した修繕費と認むべきである。以上により、原告所有の旧市場建物について修繕費として必要経費と認めらるべきものは(四)の土間コンクリート破損改築費金七五、〇〇〇円、(六)の台風被害復旧費金五、五〇〇円、(七)の給排水管修繕費の半額金一六、〇〇〇円、(八)のパラペツト裏雨漏修繕費の三分の一の額金七、九五三円、(九)の同修繕費金六、六八〇円、合計金一一一、一三三円である。

(五)  交通旅費及び雑費について。

原告は昭和二八年度における必要経費中交通旅費として金一七、四〇〇円、雑費として金二八、三〇〇円を計上主張するのであるが、真正に成立したと認める乙第一三号証の記載、証人田中清及び杉本愛蔵の供述(各一、二回)によれば、原告は右費用を支出したことを記載した家計簿営業帳簿等の帳簿を一切備え付けず、又これを支出したことを証する受領書等の書類もなく、前記計上数額は唯単に原告及びその家族の記憶に基いて概略を計上したものにすぎないことが認められる。右の如き、納税義務者たる原告において必要経費算定のために必要な書類を備え付けず、且つ経費支出に関する関係人の供述も措信せられない場合においては推計計算の方法によつて必要経費の算定をなすの外はなく、その推定計算の方法が合理的根拠に基づく限りは必要経費算定のため推計計算の方法によるを相当と認める。証人杉本愛蔵(一、二回)は昭和二八年度において東京、大阪、名古屋市等の市場見学のための旅費、他の市場経営者の送り迎えの自動車賃その他に金一七、四〇〇円以上の交通費を支出したと供述するが、右は唯記憶を辿つて概略を推計した金額を供述したものに過ぎず、漠然として具体的事実の明示を欠くのでそのままこれを信用することはできない。又雑費についても、右杉本証人は塵芥処理、便所汲取人夫の心付け、市場顧問に対する謝札、市場祭神のお供え費用、神官に対する謝札、出店者の身許調査費、小使に対する歳暮料等として合計金二八、三〇〇円以上を支出した旨供述するが、右供述も前同様単に同証人の記憶を辿つて概略を推計したものに過ぎず、しかもその供述は曖昧であつて漠然とし、支出の日時、金額等の具体的事実の明確性を欠き、到底同証人供述の金額をそのまま認めることはできない。従つて昭和二八年度の原告の交通費雑費の算定については被告の推定算出によるの外はないが、証人田中清の証言(二回)並びにその成立を認める乙第七号証の記載によれば、被告において名古屋市における同種の市場を調査したところ通常交通費は一年金一二、〇〇〇円、雑費として一年金一二、〇〇〇円をもつて足ることが認められ、特別の規模を有するものと認められない本件市場においても同額の費用をもつて足るものと推定すべく右推計の根拠は合理性を有するから、本件市場の昭和二八年度における交通費及び雑費は各金一二、〇〇〇円と推定すべきものである。

(六)  昭和二九年度における広告宣伝費、交際接待費、通信費、交通旅費、事務用品費及び雑費について。

原告はこれら各費目についての経費計上が前年度に比し増加したのは昭和二九年度においては市場を増築したゝめである旨主張するのであるが、成立に争のない乙第八号証の記載及び証人田中清の供述(第一回)と検証の結果とを綜合すると、原告が昭和二九年度において増築したと主張するものは実は昭和二九年六月建築され同年七月開業された原告の内縁の夫である訴外杉本愛蔵所有の新市場であつて原告所有の旧市場の北側に一棟をなして増築の形で存在し、この二つの市場建物は所有者こそ異にすれ同じ東陽市場の名称の下に一体となつて経営されている事実が認められ、右認定に反する証拠はない。然らば原告が市場増築によつて増加したと主張する前記各費目の経費は、昭和二九年七月以降においては原告及び訴外杉本愛蔵の各不動産所得上共通するものであると解するのが相当である。そこで被告は前記費目中広告宣伝費、交際接待費、通信費及び事務用品費については原告が経費として計上した額を期間按分の方法(即ち昭和二九年度中原告は一二ケ月、訴外杉本愛蔵は六ケ月にわたり経費を要したからこれを合わせて各人が要した月数に割り振ると原告は一八分の一二、訴外杉本は一八分の六となる)により分別し、原告の本件市場経営の経費としては一八分の一二となり、被告は原告主張の右経費の一八分の一二の額を容認したのであり、交通旅費及び雑費については前年度において容認した額の一八分の一二を容認したのであるから(この経費について昭和二九年度において前年度以上の額を要したことを認むべき証拠がないから前年度と同額を支出したものと認むべきである)その金額は何れも被告主張のとおりの金額となる。

以上の認定によつて、原告の昭和二八年度における本件市場の賃貸によつて生じた不動産所得は、その総収入金額金六二三、四〇〇円から叙上認定の必要経費の総計金一七五、三五五円を控除した金四四八、〇四五円であり、昭和二九年度における不動産所得は、その総収入金額金七六一、九〇〇円から叙上認定の必要経費の総計金二四三、五七九円を控除した金五一八、三二一円であることが認められる。右の如く被告の決定した総収入金額と必要経費はその金額において当裁判所の認定と相違があり、従つて所得金額についても相違を生じたが、被告のなした更正決定額は当裁判所の認定額の範囲内であることが明らかであるから、結局において被告のなした本件更正処分には違法はない。

よつて原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 水野祐一)

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